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​私たちが学ぶべきこと

今回も、前回に引き続き吉田さんのインタビューです。
今回は、新型コロナウイルスによる影響と私たちが学ぶべきことについてお話を伺いました。

 

―現在コロナ禍で、臨床現場はもちろんですが、LGBTQs当事者への影響は何かありますか。

 

 LGBTQsの人たちは、もともと一般人口に比べると抑うつや自殺企図、自傷などのメンタルヘルスのリスクが高いという事が知られています。コロナ禍ではメンタルヘルスの悪化が危惧されます。また、コロナ禍のような非常時には社会的に周辺化されている人たちが、様々な面でさらに周辺化されやすくなるので、社会全体でどうサポートしていくかが重要です。

 トランスジェンダーの方には定期的に医療機関を受診しホルモン注射を受けている方もいます。ホルモン療法に対応している医療機関は多くはなく、遠方に通院している人も少なくないため、コロナの影響により、治療を継続できなくなっている方がいるという報告を聞きました。また、若者のサポートしているグループや当事者で精神障害のある人たち向けの自助グループといったグループもありますが、オフラインでの集まることが難しくなっています。親などの家族と一緒に住んでいる自宅環境からは、話している内容を聞かれたらばれてしまうかもしれないため参加しづらく、行き場がなくなっているといったことが水面下で問題になっています。また、オンラインで居場所などを提供しているスタッフ側の難しさとして、新規の人を受け入れるのが難しい状況があると聞きました。例えばzoomなどでスクリーンショットを無断で撮影されて、「LGBTの当事者の集まりです」と拡散されてしまうといったリスクもありえます。こういった秘匿性を考えると、新規のヘルプが必要な人たちをオンラインに入れていくことはかなり厳しく、悩みどころだと耳にしています。

 また、同性カップルで一緒に住んでいるけど職場には言ってないという人もいます。同性カップルで違う病院に働いている医療従事者同士の友人がいますが、どちらかが濃厚接触者となった場合などに、それまで秘密にしてきた個人情報を職場に伝えなければいけなくなるという事態も起こりかねないと心配しています。

 コロナ禍では、普段うまく隠したりしていたことが暴露されざるを得ない状況にあるので、どうやって自分の身を守っていくかを考えないといけなくなるという側面があります。

​​―医療系の学生に対してどのような教育が行われる必要があると思いますか。

 

 医学教育のモデルコアカリキュラムのなかには、「性的指向および性自認への配慮の方法を説明できる」という項目が加わり、すべての医学部で教えていこうという流れになっています。しかし、医学部を実際に調査してみると、欧米に比べ教育が遅れていることがわかっています。その要因の一つとして、教えられる人がいないということが挙げられます。アメリカでは教育カリキュラムもありますし、無料で見ることのできる教育素材もたくさんあります。日本では、LGBTQsの患者さんのケアに関する医師向けの教科書はなく、教えなくてはならないと思っていたとしても教えられない現状があります。そのため、私が今一番大切だと思っていることは、教育カリキュラムを作り、教えられる人材を増やすことだと考えています。現在雑誌(『治療』)で主に医師向けにLGBTQsに関する連載をさせていただいているので、将来的にはそちらを教科書にしていきたいと考えています。日本医学教育学会で多様性推進委員会が発足し、そこの委員になることができましたので、具体的にどのように教えていけばいいのか、カリキュラムやネットワークを作るなどして、医学生全員に教育が届けられるようにしたいです。

 これを読んでくださる学生の方で学ぶ機会を得られていない方は、大学の先生に「LGBTQsに関する授業をして欲しい」と伝えていただきたいです。少しずつ教えている大学は増えている印象がありますが、すべての医学部で教育が行われるようにしていきたいです。

 

 

―具体的に人材育成はどのようにしたらいいと思いますか。

 

 教える人が当事者である必要はありません。当事者や当事者間のネットワークをうまく使うこともできると思いますが、まずLGBTQsの健康問題に興味があり、学ぶ姿勢があり、当事者とも交流のある医療従事者増やしていく必要があります。そのために私の所属する『にじいろドクターズ』では様々な発信をしていて、9月27日にはzoomを使って100人規模でオンライン講義を開催する予定です。あとはカリキュラムです。目標は何か、教える方法はどうしたらいいのかといった指針があれば取り組みやすくなるのではないかと思っています。

 

 

―このようなテーマの授業をするとき、もしその場に当事者がいたらという心配があると思います。

 

 医学部で授業をした際には、グループディスカッションも行いました。学生の中に当事者はいるという前提で行っていて、グランドルールをしっかり説明するようにしています。今年は新型コロナウイルスの影響もあり、オンライン授業を行う機会がありました。オンラインだと、誰が質問しているのか公表せずに質問をすることができ、他人の視線も気にしなくてもいいので、当事者はオフラインよりも参加しやすいという新しい発見がありました。医学生には、LGBTQsの当事者であっても、対応など学ばなくてはならないことがあるので、その場に居づらくても学んで欲しいです。ただ、授業後に、「誰々はLGBTQsなんではないか」と推測するような空気になってしまうのは本末転倒なので、そのようなことはしないでおこうと思えるような授業ができるよう心掛けています。

 

 

―WHOでの定義の変化を知って欲しいという話を聞いたことがありますが、そういうこともしっかりと学んでおくべきなのでしょうか?

 

 昔は診断名として「性同一性障害」が使われていましたが、DSM-Ⅴで「性別違和」やICD-11で「性別不合」という名称に変わりました。大切なのは、障がい(disorder)という言葉が抜け、ICD-11では精神疾患の枠からも外れたということです。障害や疾患でなくなったという流れを理解することは重要です。また、同性愛に関しては日本精神神経学会がWHOの見解を尊重して同性愛を疾患とみなさないと宣言したのは1995年と最近です。疾患とみなされていたという事は、治そうとしていた時代があるということです。同性愛者を異性愛者に治そうとするとどうなると思いますか?治りません。そもそも「治す」ってなんだろうということです。「治療」しようとした結果、抑うつや自死といった有害事象が増えました。私も、当事者ではありますが、学ぶまでそういった歴史は知りませんでした。診断名が変わったと聞いただけではピンときませんが、その診断名の中を生きてきた人がたくさんいるということを知っておくことが大切です。

 ただ、世界的には、いまだに同性愛を「治そう」としているところもありますし、同性愛行為をした人が死刑や終身刑に科せられる地域もあり、過去の話ではないというのも知って欲しいです。

 

 

―相手が当事者であることを知らずに、気付かぬうちに当事者を傷つけてしまうことがあると思います。また、医療従事者にも当事者が多いと言うのは聞いたことがあります。実際ご自身の周りで、当事者が多くいらっしゃる実感はありますか。

 

 これまで日本で行われた研究では約3-9%の回答者がLGBTQsに相当していたと報告されています。その数値をみて多いな、そんなにいるのかなと思っていましたが、公にカミングアウトしてから、実際に当事者がたくさんいるんだということを、実感するようになりました。知人からカミングアウトを受ける機会がとても増えました。皆さんの知り合いの中にも、当事者の方は必ずいると思います。

 

 

―患者さんの中にも同じだけいるということですよね。

 

 はい、もちろんです。でも誰が当事者かと探ろうとするのではなく、皆さんにその可能性があると思って接することが大切です。私自身も当事者の一人ではありますが、例えばトランスジェンダーの方が医療機関を受診する際の困難などは、学ぶまで知りませんでした。当事者だけど知らない事は多くあるので、他のセクシュアリティのことや他の人の体験は学ぶ必要があります。私もきっと知らないうちに他の当事者の人を傷つける発言をしてきたに違いないと思います。だからこそ学ぶことが大事です。LGBTQsのことに関わらず、学んだことで、過去の発言を思い出して、あーあんなこと言っちゃったなと苦しくなることもあります。そういったときは後悔して終わるのではなく、同じことを繰り返さないためには何を学べばいいかというところに目を向けることを大切にしています。

 

 

―今後LGBTQを取り巻く世界がどうなっていくと良いと思いますか。ご意見があれば教えてください。

 

 まず、すべての人がセクシュアリティによって殺されたり罰せられたり暴力を受けたりしない世界にしていきたいです。また、当事者が社会の偏見を自分自身に取り込んでしまうことで生きづらくなってしまうことがあります。自分自身に偏見を向けるということですね。若い人たちがそういった思いをしないで過ごせる日本にしていきたいです。LGBTQsのことだけではなく、民族や文化といったことで差別されて生きづらいということは、ゼロにはできないのかもしれないけれど、なるべく少なくしていく。それは日本だけではなく、世界中で少なくしていくには自分には何が出来るんだろうと考えています。

 

 

―最後に読者の皆さんにメッセージを頂いてもよろしいでしょうか。

 

 記事を読んでくれた皆さんも、様々な背景を持っていらっしゃると思います。自分が持っているコンプレックスや今大変だと思っていることは、医師になった時に強みに変えていくこともできますので、それぞれの大変さをどうか乗り越えて頑張ってください。私の場合は、LGBT当事者であるという事はそう簡単ではなかったのですが、マイノリティ性をいつも抱えてきたことで、患者さんを診るときにこの人の背景に何かあるのかなと察する力は鋭く育ったような感覚があります。また、自分がマイノリティであることを、こうして一つのツールとして役立てることができるようになりました。皆さんらしい、それぞれの歩みを応援しています。

 

 

<お話を伺って> 

 吉田さんは様々な質問に対して一つ一つ丁寧に答えて下さいました。

 インタビューを通してLGBTQsは身近な存在ということに気付き、そのような認識を持つことが大切であると思いました。また、普段の講義では学ぶ機会があまりないため自ら学ぶ姿勢が大切になると感じました。

 そして一人一人が自分自身の中の“当たり前”を取り払い、それぞれの価値観を尊重することの出来る社会になれば良いと思います。

 この度は貴重なお時間をいただき、本当にありがとうございました。

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